わたしのカメラ:原田泰地

フィルムカメララバーはどんなカメラを使っているの?ちょっと気になるみんなの愛用カメラをご紹介。今回は映像カメラマンの原田泰地さんに、共に人生を歩んできた大切な1台をご紹介いただきました!


愛機:Nikon Nikomat EL

  • 1972年発売
  • ニコン初の絞り優先AE機
  • 電子シャッター制御(1/1000〜4秒)
  • 電池が切れた場合、機械式1/90秒のみ使用可
  • 電池ボックスがミラーボックスの中にあるという憎めない特徴を持っている

このカメラと私は17年間一緒にいる。
出会いは高校2年生の春だったと記憶している。父が不意に貸してくれたのだ。父は私に簡単な使い方を教え、フィルムを詰めてくれた。私はすぐに自宅近所へ撮影に出かけた。
よく晴れた休日の昼間、何も持たず、フィルムが終わるまでぶらついた。
それまで写真撮影といえば、特別な物事があった時にすることであったが、この日に近所を意味なくぶらついて以降、私の写真に対する距離は身近なものになったのだと思う。

当時の私の写真を見返してみる。大概は虫眼鏡で覗いたような風景だ。アスファルトの断面、埃、何かの傷痕などの接写ばかりだった。理由は単純で、このカメラのレンズがマクロレンズだったからだ。55ミリのマクロだったので標準レンズとも言えるが、当時レンズについて知識がない私は、接写できることがただ楽しくて撮影していたのだと思う。顕微鏡を初めて覗いたときの様な高揚をこのカメラのファインダーに感じていたのだと思う。

そして私はこのカメラを持ち歩く様になり、惹かれたものに向けて闇雲にシャッターを押した。写真屋の店主が私の写真を褒めてくれた。撮った写真は自分でもよくわからない。でも、よくわからない自信だけがあった。

高校卒業後、映像の専門学校に入学した。そこで写真の授業があった。話すらしたことのない同級生ばかり。私はいきなり彼、彼女の写真を褒めちぎりながら話しかけた。初めて他人の撮った写真に自分を抑えられない位に興奮して、私の写真もそんな興奮を与えられたのだと感激した。

ひと月の生活費を全てフィルムと現像代に使ったりもした。プリントした写真を見て、憧れている写真作家のモノマネでしかないことを実感して落胆したりもした。初めてとあるアーティストの写真をこのカメラで仕事として撮影した時、頼まれたのが嬉しく奮発して大量のフィルムを使って撮影した。そして、何故か経費の請求が上手くいかず、自分の飯が食べられなくなるといった笑える苦い経験もした。

その頃には、私が写真を始めた当初に持っていた、よくわからない自信はすっかりと無くなっていた。「私の見た光景を見よ」というようにしか写真を捉えることができなかった自分自身に飽きたのだと思う。本当にこのカメラに感謝をしている。

そして、私は今も相変わらずこのカメラのファインダーを覗くのが大好きだ。キーンという独特のシャッター音と直感的な露出計の針の動きがやさしい。今思い返すと、自身のルーツを探す傍らにこのカメラがさりげなく懲りずに隣にいたのだと思う。

私は今、映像のカメラマンをしている。このカメラから貰った「顕微鏡を初めて覗いたときの様な高揚」を信じていこうと決めている。


Photographer: 原田泰地
Inatagram: @rentalmole@t_e_c_h_i

2021-03-30 erina の記事

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